ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965

展覧会レビュー

美術館エントランス

ル・コルビュジエ(1987-1965)は20世紀を代表するモダニズム建築の巨匠として知られていますが、建築や都市計画にとどまらない多様な作品を生み出しました。その芸術活動を回顧する展覧会を開催いたしました。
ゲスト・キュレイターに迎えたドイツの若手美術史家ロバート・ヴォイチュツケ氏は、ル・コルビュジエの建築と芸術を一貫して通底する芸術理念「諸芸術の総合」に着目しました。本展では1930年以降の円熟期から遺作までの絵画、彫刻、タペストリー、映像作品を紹介するとともに、同時代に活躍したレジェ、アルプ、カンディンスキーといった先駆的な芸術家たちの作品を対峙させ、ロンシャンの礼拝堂や国立西洋美術館をはじめとする後期の建築作品まで、作品約90点他写真資料を展観しました。本展はル・コルビュジエ財団の協力のもと開催いたしました。

第1章 浜辺の建築家

第1章では、ル・コルビュジエの作風の転機となった「詩的反応を喚起するオブジェ」への関心をとりあげました。1929年の世界恐慌は世の中の価値観をそれまでの機械万能主義から自然科学的関心へと転換させ、抽象絵画から無意識下の世界を描いた幻想的なシュルレアリスム絵画が人々の心をとらえるようになりました。本章はル・コルビュジエが採集した貝殻の展示から始まり、自然物や生態的形態への関心に基づくル・コルビュジエの絵画を展示した他、シュルレアリスムの概念を生体的形態にとりいれたレジェの絵画やアルプの彫刻を対峙させ、同時代の芸術の動きにおけるル・コルビュジエの位置づけを探りました。またヴィラE.1027にル・コルビュジエが描いた壁画を関連のドローイングと合わせて原寸大写真で紹介し、カンヴァスから建築空間へ展開していくプロセスにもご注目いただきました。

ル・コルビュジエ自身が採集した貝殻の展示
左にヴィラE. 1027にル・コルビュジエが描いた壁画の原寸大写真、
右に《三つの人物像》1934年、大成建設株式会社蔵

第2章 諸芸術の綜合

ル・コルビュジエは自身のあらゆる建築や芸術の作品を「一つの事柄を様々な形で創造的に表現したもの」として、視覚のみならず、聴覚、触覚、身体的反応との一体化により詩的環境を建築の中に実現しようとしました。第2章ではル・コルビュジエがミュラル・ノマド:「遊動する壁画」と名付けたタペストリーの展示に始まり、東急文化会館・渋谷パンテオンの緞帳を資料の展示でふりかえりました。さらにル・コルビュジエが「音響的建築」と言い表し、ギリシャのパルテノン神殿にもなぞらえた、戦後の代表作ロンシャンの礼拝堂とその周囲の景観を新作の模型(当館新規収蔵資料)の展示によってご覧いただきました。

ル・コルビュジエとレジェのデザインによるタペストリーの展示
諸芸術の綜合をテーマに絵画、彫刻、タペストリー、建築作品資料を展示
模型 ロンシャンの礼拝堂(模型制作:諏佐遥也〔ZOUZUO MODEL〕2024年)
当館新収蔵資料

第3章 近代のミッション

2度の世界大戦を経て、危機の時代から戦後の再生の苦闘まで経験したにもかかわらず、ル・コルビュジエは、歴史は人類の進歩に向かって進んでいるという進歩史観を持っていました。第3章ではその世界観をルシアン・エルヴェのカメラアイが捉えたル・コルビュジエの建築と、カンディンスキーの抽象版画シリーズ「小さな世界」を対にしたユニークな展示を通してご覧いただきました。またル・コルビュジエの絵画の集大成である「牡牛」のシリーズから晩年の3点を本展のハイライトとして展示しました。

ルシアン・エルヴェが撮影したル・コルビュジエの建築の写真と、カンディンスキーの版画を対にして展示した
左から《牡牛XVI》《牡牛XVIII》《牡牛(大きな手を伴う牡牛)》

第4章 やがてすべては海へと至る

ル・コルビュジエは「諸芸術の綜合」を自身の創作の理念とすると同時に、モダニズムの建築家として常に最先端のテクノロジーに関心を寄せていました。本展の最終章では1958年ブリュッセル万博フィリップス館で発表された、アートとテクノロジーの新たな融合体である「電子の詩」や、インド・チャンディガール都市計画の「知のミュージアム」構想、そして未来予見的な論考「やがてすべては海へと至る」を紹介しました。「電子の詩」は当時の空間を想起させるしつらえの中で、令和版の再現展示を試みました。

本展会場はウルトラスタジオが手がけ、「インテリア」「コーディネイト」「トランジション」をキーワードに、居住空間の中に置かれた諸芸術の綜合をイメージして構成しました。

ウルミラー・エリー・チョードリーを取り上げたコーナー
映像インスタレーション≪電子の詩≫

イベントレポート

講演会「アートがテクノロジーと出会うとき。 ル・コルビュジエと協働したウルミラー・エリー・チョードリー」

本展のゲスト・キュレイターを務めたロバート・ヴォイチュツケ氏をドイツより迎え、本展が初めての本格的紹介となるインドの女性建築家ウルミラー・エリー・チョードリーについてお話しいただきました。チョードリーがチャンディガールの都市計画の中で担当した「知のミュージアム」は、ル・コルビュジエが希求した科学データと芸術的表現のユートピア的結合の稀有な事例であり、ヴォイチュツケ氏のユニークな着眼点を知っていただく好機となりました。

講師
ロバート・ヴォイチュツケ氏(本展ゲスト・キュレイター、美術史家)
実施日
2025年1月12日(土)午後2時~3時30分
会場
パナソニック東京汐留ビル5階ホール

展覧会記念シンポジウム「ル・コルビュジエの探求 絵画と建築」

ル・コルビュジエ研究者の藤井由理氏をモデレーターに迎え、ヴォイチュツケ氏、富永譲氏、松浦寿夫氏に、それぞれル・コルビュジエの建築と芸術を包括的に発表いただきました。後半のセッションでは、ル・コルビュジエの作品に見られる半開の扉が意味する内部と外部、視覚体験に「動き」が結びつくことで生まれる両義性、さらにル・コルビュジエの建築の内部で人間を動かすものとして光が果たす役割といったトピックからル・コルビュジエの創作の本質に迫り、通訳を交えて活発な意見交換が行われました。

登壇者
ロバート・ヴォイチュツケ氏、富永譲氏(建築家、法政大学名誉教授)、松浦寿夫氏(画家、批評家、多摩美術大学客員教授)
モデレーター
藤井由理氏(建築家、早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院客員教授)
実施日
2025年1月25日(土)午後3時~5時45分
会場
パナソニック東京汐留ビル5階ホール