- 活動レポート
ルーキーに聞く #4 ~ジュアン ウーストハイゼン「優しき巨人」が目指す未来
14歳にして身長2mを超え、南アフリカ代表として陸上競技の国際大会にも出場。高校時代には円盤投げや砲丸投げに打ち込み、世界の舞台を経験した。
そんなジュアン ウーストハイゼン選手がラグビーの道を選んだのは2021年。南アフリカから日本へと渡り、東洋大学で4年間を過ごしたのち、埼玉パナソニックワイルドナイツへと加入した。
幼い頃の愛称は「ジェントル・ジャイアント(優しき巨人)」。
大きな体とは裏腹に、穏やかで物静かだったという少年は、いまも周囲の人々への感謝を忘れない。
「自分が先輩たちにしてもらったことを、いつか自分が誰かにしてあげたい」
ワイルドナイツでのファーストキャップを目指す若きロックの、これまでの歩みと、目指す選手像とは。

14歳で身長2m。「ジェントル・ジャイアント」と呼ばれた少年
――まずは幼少期について教えてください。どのような性格の少年でしたか?
小さい頃から、友達よりもずっと体は大きかったです。だから見た目には少し威圧感があったかもしれませんが、実際にはとても静かで、大人しい子どもでした。
周りからは「ジェントル・ジャイアント(優しき巨人)」と呼ばれていましたね。もちろん、両親に聞いたら違うことを言うかもしれませんが(笑)。自分では、穏やかでのんびりした子どもだったと思っています。
――小さい頃から、周りの子どもたちよりも大きかったのですね。
そうですね。友達や同級生、年上の子たちと比べても、いつも僕の方が身長は高かったです。14歳の終わり頃には身長が2mを超えていました。
――14歳で2m! 南アフリカでも、なかなかいないのでは?
そうですね。南アフリカにも体の大きな子どもはたくさんいますが、14歳で2mを超えている子は、そんなに多くないと思います。父は192cmくらいで、母も180cmほど。兄も196cmあるので、家族みんな背が高いんです。
――「ジェントル・ジャイアント」と呼ばれた少年時代を経て、成長するにつれて性格に変化はありましたか?
少しずつ活発になりました。年齢を重ねる中で、エネルギッシュになった部分はあると思います。
陸上競技で世界へ。そして、ラグビーとの再会
――ラグビーを始めたきっかけを教えてください。
南アフリカではラグビーがとても人気で、身近なスポーツです。多くの子どもたちが幼い頃からラグビーを始めます。
なので僕も4歳か5歳くらいの頃には、学校でラグビーを始めました。それからずっと続けていたのですが、高校に入ってからは陸上競技に夢中になりました。円盤投げと砲丸投げです。15歳、16歳の頃は陸上競技に集中していたので、その2年間はラグビーをほとんどしていませんでした。
――南アフリカ代表として国際大会にも出場されていますよね?
はい。2021年にケニアで開催されたU20の国際大会に、U20南アフリカ代表として出場しました。本来は2020年に開催される予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまって。2021年に少しずつ規制が緩和され、ようやく開催されました。結果は、確か11位だったと思います。
――その後、どういう経緯でラグビーに専念することになったのでしょうか?
ラグビーをできるところまでやってみたい、と思ったことが大きいです。だからU20の国際大会が終わったあと、ラグビーに戻ることを決めました。
実は、面白い話があって。ケニアでの大会を終えて、南アフリカへ帰る途中のことでした。空港にいた時、父から電話がかかってきたんです。「エージェントから連絡があって、伝えたいことがある」と。ただ、父は電話では詳しいことを話したがらなくて。「帰ってきてから話そう」と言われました。
そして帰国すると、「日本でラグビーをするチャンスがある」と教えてくれました。本当に不思議なタイミングでしたね。陸上競技の大会を終え、これからラグビーを頑張ろうと決めた、まさにその時だったので。

小さなことを、ひとつずつ。プロの世界での挑戦
――日本へ渡り、東洋大学で4年間を過ごしました。日本での生活に慣れるまで、最も苦労したことは何でしたか?
生活面で自立することです。南アフリカでは両親と一緒に暮らしていたので、洗濯や掃除などの家事は、ほとんど母や父がやってくれていました。もちろん僕も手伝ってはいましたが、多くのことを家族に任せていたんです。
でも日本に来たら、誰も代わりにやってくれないので(笑)。洗濯も掃除も全部自分でやらなければいけない、と日本に来てすぐに気づきました。
だから、生活面では急いで大人にならなければいけなかったですね。大変でしたが、自立することを学べたのは、自分にとってとても必要な経験だったと思っています。
――東洋大学での4年間を経て、ワイルドナイツへ加入しました。大学からプロの環境へと移り、ラグビー面ではどのような課題を感じていますか?
大学ラグビーとプロのラグビーは、まったく違う環境です。だから、課題をひとつだけ挙げるのは難しいですね。本当にたくさんありますし、いまも改善しようと取り組んでいることがいくつもあります。
ただ、すべてを一度に解決しようとは思っていません。大切にしているのは、小さなことをひとつずつ積み重ねていくこと。1日ですべてを改善しようとしても、全部を覚えて、正しく実行することはできません。だから今日はひとつのことに集中して、時間とエネルギーを注ぐ。そして次の日には、また別のことに取り組む。小さなことをひとつずつ改善していけば、最終的には大きな成長につながると思っています。
――その考え方は、誰かからアドバイスを受けたのでしょうか?
特定の誰かから教わったわけではありませんが、若い頃から、一度にたくさんのことを抱え込みすぎないようにと言われてきました。だから自然と、ひとつのことに集中する考え方が身についたのだと思います。
もちろん、ワイルドナイツには素晴らしいコーチやスタッフ、経験豊富な先輩たちがたくさんいます。ベン ガンター選手やルード デヤハー選手をはじめ、多くの人に助けてもらっています。本当に恵まれた環境だと思いますし、みんなが同じ目標に向かって、お互いを成長させようとしているところも、このチームの素晴らしさだと感じています。
――ガンター選手やデヤハー選手は、ウーストハイゼン選手にとってどのような存在でしょうか?
僕は「メンター」というよりも、「友達」と呼びたいですね。メンターという言葉には、少し仕事上の関係という印象があります。でも彼らとは、ラグビーについて真剣に話すだけでなく、一緒に笑ったり、楽しい時間を過ごしたりすることもできます。だから、メンターであり、友達でもある。そんな関係だと思っています。
もちろん、2人以外にも経験豊富な選手やスタッフがたくさんいます。リアム ミッチェル選手、大西樹選手、コーチの堀江翔太さんや布巻峻介さんなど、本当に多くの人が助けてくれます。みんな、自分だけでなく「チーム全体がもっと良くなること」を考えてくれています。
――先輩たちから授かった言葉の中で、特に大切にしているものはありますか?
特定の言葉というのは・・・あまりないですね。それよりも、先輩たちが実際にしてくれることの方が、僕にとっては大きいです。
例えば、フィールド上で何かうまくいかないことがあった時に「どうすれば良くなるか、教えてもらえますか?」と聞くと、みんな親身になって助けてくれます。ただ言葉で説明するだけではなく、実際にやって見せてくれるんです。自分ではできていると思っていたプレーでも、「こうすればもっと良くなるよ」と教えてくれることもある。そういう姿勢から、本当に多くのことを学んでいます。みんなが僕の成長を願って、助けてくれている。それが何よりも嬉しいです。

毎週木曜日の特訓。ファーストキャップを目指して
――現在、プレー面で特に力を入れて取り組んでいることは何でしょうか?
ひとつは、ボールの受け取り方です。ある日の練習で、ベリック バーンズBKコーチが「よし、ボールレシーブを改善しよう」と声をかけてくれました。それから毎週木曜日、チーム練習が始まる前に、バーンズコーチと一緒にキャッチの練習をしています。おかげで、少しずつ良くなってきていると感じています。
もうひとつは、フィールド上でのコミュニケーションです。早めに声をかけること、早めにポジションをセットすること。周りの選手と連携しながら、チーム全体がスムーズにプレーできるように意識しています。これはワイルドナイツに加入した時から取り組んでいる課題で、最初の数か月はなかなかうまくできませんでした。
でも、少しずつ改善できていると思います。コミュニケーションが良くなれば、自分だけでなく、周りの選手たちもプレーしやすくなりますからね。
――コミュニケーションの課題を克服することが、ファーストキャップに近づく一歩になるのでしょうか?
そうですね。ただ、コミュニケーションだけではなく、プレー全体のレベルを上げる必要があると思っています。
その中でも、コミュニケーションはとても重要な要素です。周りの選手たちとしっかりコミュニケーションが取れれば、ほかの小さなプレーも正しくできるようになると思います。だから、まずはそこを改善していくことがファーストキャップに近づくための大切な一歩になると考えています。
――ファーストジャージーを着て、グラウンドに立つ日が楽しみになりました!では最後に、ウーストハイゼン選手が目指す選手像を教えてください。
周りの選手たちに良い影響を与え、みんなの成長を助けられる選手になりたいです。いま、ワイルドナイツの先輩たちが僕にしてくれていることを、いつか自分もほかの選手たちにしてあげたいと思っています。
これは、東洋大学時代に学んだことでもあります。僕が大学1年生だった時、4年生には本当に素晴らしい先輩たちがいました。その先輩たちにたくさん助けてもらったおかげで、チームとしても良い成績を残すことができました。
その時、監督(福永昇三・東洋大学監督、三洋電機ワイルドナイツOB)から言われた言葉があるんです。
「いま、先輩たちが自分たちにしてくれていることに感謝しなさい。そしていつか自分が先輩になった時には、同じことを後輩たちにしてあげなさい」
その言葉は、いまも大切にしています。
だから僕も、若い選手たちを助けられる存在になりたいですし、ラグビーのフィールド上だけではなく普段の生活の中でも周りの人たちを支え、成長を助けられるような人間でありたいと思っています。
――まさに、子どもの頃から呼ばれていた「ジェントル・ジャイアント」そのものですね。
ありがとうございます、頑張ります!

(&rugby/原田友莉子)



